あのたまのクリスチャン生活

聖書と賛美とお祈りの日々をつづります。

自分を受け入れて、初めて、親を受け入れられた体験の話 10

特別では無いただの自分を受け入れるとき ~31年間の結果~

パステルアート

パステルアート「こころ」

私がこれまで、多くの時間を割いた「内から湧き出てる不安や疑問、怒りといったネガティブな感情に向き合う」という作業は、そうせざるを得ないためにやってきたことである。

 

私はこれに対し、やりたくてやってきた訳では無いので、正直、このことに対してそれ程、重きを置いていなかった

けれども、このことは「向こうからやってくるもの。向こうから必要とされるものに対して、真摯に向き合って自分が出来ることを提供していく」という他者と関わり合いの中で行う行動を、自身の内の中でやってきたということを表している。

 

そして、今、振り返れば、私は「この期待していなかった自己との対話」によって、自身が多くの恩恵を受けていることに気が付いた。何よりも、自身の周りに、心地よい人たちが現れ始めていることは大きい。

 

この自己との対話こそも、「私」の在るべき姿なのだろう。これは死ぬまで、ずっと続いていくのだと思う。

 

今まで、社会人になってから、「何もやってこれなかった、何も目に見える結果を残してこなかった」というのが、現実生活においての一番の悲しみだった。

 

けれど、自分を納得させるために、今、これが結果なのだと思いたい。

 

トロフィーのような、誰かに認めらるものではものではないけれど、私の生活が、心穏やかに、特別なことは無いかもしれないけれど、良い方向にこれから向かうという「希望」を与えてくれた。未来は、「今」この瞬間穏やかに生きることで、喜びに満ち溢れている。

 

ということで、これで、私の31年間に、決着をつけたいと思う。

 

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