あのたまの漫画ブログ

長野県に住む、あのたまの日常を漫画で綴る

自分を受け入れて、初めて、親を受け入れられた体験の話 9

特別では無いただの自分を受け入れるとき~私がイメージ出来る世界へ~ 

羊のイラスト

イラスト「夢の中へ」

小さい頃からどういう訳か「子供が好きではない」「子供を産み育てるということに対して不安」というのが、私の中にはあった。

 

だから「子供を産んで育てる」ということが自分の中にイメージが出来なくて、「子供が可愛い!!」「お母さんになりたい!!」と言っている人達の気持ちがイマイチ分からず、そんな風に思えるなんて凄いなぁと、素直に思っていたことがある。

 

だって、子供を産んで育てるなんて、自分の時間も取られて大変な生活になっていくし、自分から苦難に突っ込んでいくようなものだろうとも考えていたからだろうと思う。

 

今でも、正直その気持ちはあまり変わっていない。

「恋愛することも結婚することも子育てするのも面倒くさい。最低限の仕事をして、自分のやりたいことをやってひとりの生活を楽しみたい」というような言葉をネットで見かけた時は「わかるな~」と共感できてしまうくらいだ。

 

けれど、私には「やりたいこと」が無いのだ。

人は一人で生きているわけでは無い。人と人に支えられて生きている。祖父母の「死」を見つめて「生」について考えざるを得なくなった私は、命を繋いでいくことの意味に向き合った。

 

そして「子供を産める体なら(まだそれは分からないが)、育てる環境が整っているのなら、子供産んでも良いのかもしれない」と初めて思ったのである。そして、今なら「覚悟」を持って、そのことに当たれるとも。

 

命を繋ぐことで、誰かの役に立てるならばこれ程、私にとってのチャンスは無いのかもしれない。立派な人間を育て世に送るというのは、とても大変で困難な作業なのだから。

ただ、私の場合、器用ではないので、私が憧れるような、仕事と両立しながらといった子育てをする!ということは絶対に出来ないと思うけれど、それは、今回の「諦める」体験によって、堂々と「出来ない」と自身も納得して生活していけると思う。

 

だから、専業主婦なのだろう。自分の母親や、主人の母親のように。

 

そして、もしそうならば、私は大いに理想の家庭のイメージを膨らませ、映像化することが出来る。今まで、あらゆるやりたいことに対しては、イメージ出来なかったのに。

 

今は目の前に、ご機嫌でニコニコ、家を守る素敵な女性、主人の母という「見本」がいるので、やはり私に必要なものは「全て在る」のだろう。

 

やっぱり、全てが与えられているのである。

 

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