あのたまのクリスチャン生活

聖書と賛美とお祈りの日々をつづります。

さびしさや孤独感を感じた時に、まず気づいてほしいこと

こんにちは、ぐうたら主婦のあのたまです。

ただいま何回かに分けて「さびしさと孤独感」について、エッセイ漫画にそって記事を書いています(*´ω`*)

前回の記事では、さびしさや孤独感を紛らわせるためにアレコレ行動したけど、むしろより一層さびしさは募ってしまったというお話をしました。

今回の3回目では、何故それがうまくいかなかったのか、そもそも何でさびしさや孤独感を感じてしまうのか、ということについて焦点を当てています。

さびしさと孤独感 エッセイ漫画

どうってことのないこの気付きが、大きなターニングポイントでした

 さびしさや孤独感を「行動」で紛らわすことは出来ない

これまで私はさびしくなったり孤独感を感じたりすると、それを紛らわせるために、とにかく「何か」をやろうと必死になっていました。

例えば、友達と遊んでみたり、一人旅をしてみたり、体を動かしてみたり…。

「行動すること」を通して問題を解決しようとしていたんですね。

しかし、前回の記事にも書いたように、結果は散々なものでした…(;^ω^)

 

そして、気づいたことは「何か」を「やる」ことでさびしさや孤独感を紛らわそうとしても、何も意味がないことに気づいたのです。

何故なら「ひとりでいても誰かといても、さびしい時はさびしいし、さびしくない時はさびしくない」という、当たり前なことを思い出してしまったからです。

つまり、例えば一人で料理をしていて、さびしさや孤独感を解消できた時もあれば、そうでない時もあったし、友達と遊んでさびしさや孤独感を解消できた時もあれば、そうでなかった時もあった…というようなことに気づいたのです。

 

全く同じようなことをしていても、感じる感情はその時々によって真逆といえるくらい異なっている。

ということは、外側で「何をするか」はあまり意味がなく、自分の「内側」に問題があると気付いたのです。

 

もちろん「行動」が一時的に役に立つ場合はありますが、長期的な視点から見るとあまり効果が無く、むしろ自身の体験から逆効果にすらなりうる可能性もあると感じました。

なので、もしも「何か色々試してるけどいつまでたってもさびしさや孤独感が消えない!」という方は、一度「行動」することから離れてみるのをオススメします。

さびしくて孤独な人間だと「思い込んでいる自分」に気づく

家族や友人、恋人など、沢山の人に恵まれていたり、経済的に余裕があって幸せそうに見える人でも、もしかしたら、心の中で「さびしさ」や「孤独感」を感じている人は、意外といらっしゃるかもしれません。

私の場合は、小さい頃から両親との関係や、友達がいない、ということで悩んでいましたので、周りに比べて自分はいつも「さびしい、孤独な人間だ」という風に思っていました。

しかし、あるとき知人から「でも、ご主人がいるじゃない。私から見るとそれだけ羨ましいわ…(笑)」と言われたことで、ちょっとビックリしたんですね。

私から見ると、仕事もバリバリ出来て友達も多くて、姉妹で親友のような関係を築いているその知人の方がよほど、自分よりも多くを持っているように見えて羨ましいと思えたからです。

けれど、素直に言うことを聞いてみようと思って、よくよく自分の考えを疑ってみると「あれ…、私ってそもそも本当に孤独なんだろうか?」という気持ちになってくるのです。

そして「事実」だけを並べてみると、確かに苦しくてしょうがなかった時期はあったものの、「物理的」に今まで一度も完全に「一人」になったことは無かったことを思い出しました。

ただ一方で、そのように思おうとすると「いや!そんなことはない!自分は苦しかったんだ!さびしくて孤独な人間なんだ!」と「思いたがっている自分」がいることにも気付きました。

その時「ああ、自分は何故か分からないけど、さびしくて孤独な人間だと思い込もうとしてるんだな」と客観的に自分の思考グセを見ることが出来たのです。

メンタルが病んでいた時も「メンタルが弱い自分」というレッテルをなかなか手放せなかった時のように、どこかで自分を「弱い」「不幸」な存在だと思い続けたい「何か」があると感じました。

「思い込み」を持っていた自分に気付いたからと言って、いきなり、さびしさや孤独感が無くなる訳ではありません。

しかし、この気付きが得られると、もう「変えよう!」という意欲が湧いてきます。 

何故なら、その思い込みは自分にとって「無駄」だと気付くからです。

 

さびしさや孤独感に関わらず、ネガティブな感情で「自分は○○な人間だ!」というものをお持ちの方は、自分の考えに疑いの目を向けてみると、今までとはちょっと違う見方ができるかもしれません…(^^)

さびしさと孤独感 エッセイ漫画

なぜ…?なぜ…?疑問がどんどん湧いてきます(笑)

さびしい!孤独だ!って思っちゃうのはどうして…?

  • 「さびしさや孤独感は、どうやら外側ではなく内側に問題があるようだ」
  • 「さびしいとか孤独だとか思いこんじゃっている自分に、問題があるようだ」

 ということに気づいたおかげで、私はようやく「そもそも、何で自分はさびしいとか孤独だと思っちゃうんだろう?」という、原因の大元に目を向けることが出来るようになりました。

すると「周りから切り離されてる」とか「誰からも理解されてない」とか「つながってない」…というような言葉がぽつりぽつりと出てきました。

具体的に最近の例として挙げるなら、子供いないのに専業主婦である自分に対してそのように感じていたように思います。

「自分は社会の一員として何の役にも立っていないクズだから、周りの人に認めてもらえないだろう」とか「でも、どうにかしようと頑張ってるのに…。きっと甘えてると思われてしまう。誰にも理解してもらえない。」とか…。

とにかく「自分以外の誰からも、私は理解してもらっていない」という気持ちを、すごく強く持っていたなぁと気付きました。

 

でも、それなら何故、自分は「理解されない」なんて思ってしまうのでしょう…?

次回は、その当たりのことを突き詰めてみたいと思います(*´ω`*)

 

前回のお話し↓↓↓

www.anotama.com

続き↓↓↓

www.anotama.com